まるごとみんご

エンタメ大好きみんごが繰り広げる何気ない日常生活

住所まちがい(ネタバレ注意)


住所まちがい」を観た。

原作:ルイージ・ルナーリ

上演台本・演出:白井晃

出演:仲村トオル田中哲司渡辺いっけい朝海ひかる

ストーリー:

社長、大尉、教授の3名が、それぞれの理由で――社長は女性との密会のため、大尉はビジネスのため、教授は自身の最新出版書のゲラチェックのため――同じ場所に 居合わせる。3人が鉢合わせたこの場所はホテルなのか、事務所なのか、それとも出版社なのか。最初は互いに自分が正しいと信じていたが、実はそうではないことがわかってくる――住所は3人それぞれにとって「正しい」住所だったということに。
奇妙な状況下、突然、大気汚染を告げる警報ベルが鳴り、3人とも外に出られなくなってしまう 。3人は一緒に一晩を過ごすことに なるが、徐々に恐ろしい疑念が頭をもたげてくる。もしかしたら……。
3人の会話はユーモアに富み、生と死、運命、宿命、自由な意志、神の存在、無神論等の話題がゴシップのように語られていく。すると突然、掃除婦らしき謎の女性が部屋に入ってきて曖昧なことばかり語り始める。3人の疑念はさらに強まっていく……。

世田谷パブリックシアター HPより)

 

 イタリアのルイージ・ルナーリが1990年に発表し、現在までに世界20か国以上で翻訳上演されている現代演劇「住所まちがい」。日本初上演にあたり、上記のストーリーを踏襲しつつ舞台を日本に置き換え、大尉を警部に置き換えた脚本だ。社長を仲村トオルさん、警部を渡辺いっけいさん、教授を田中哲司さんが演じている。

 3人が鉢合わせた「その部屋」は出入口が3方にあって、3人はそれぞれが別の出入口からやってくる。3人ともその部屋にやってくるのは初めてで、住所をもとにたどり着くのだが、不思議なことにそれぞれが持っている住所は同じではない…。しかも、自分が入ってきた出入口以外の扉を開けようとしても開かない。

 おやおや何やら怪しげな設定ですね…と冒頭から興味をひかれたが、設定の怪しさだけでなく、最初に鉢合わせた社長と警部のやり取りの軽妙さや面白さも相まって、これはとても面白いお話なのでは!!と俄然期待が高まる。

 ほどなくして「その部屋」に教授がやってきて、さらに期待は高まることとなる。その部屋には冷蔵庫があって、冷蔵庫の扉を開ける人よって中身が変わる…。というか、開ける人の欲しいものが入っている冷蔵庫だ。社長が開けるとビール、警部が開けるとオレンジジュース、びしょ濡れ状態でやって来た教授が開けると熱々のココア。冷蔵庫なのに熱々のココア!その奇妙な現象を、論理的にリアリティをもって説明しようと試みる警部。そのセリフは極めて論理的なのだけど、やや感情的な話し方のせいなのか、他の二人の所作とのギャップのせいなのか、なぜだかとても滑稽だ。

 その後も、奇妙な「その部屋」で3人の会話がユーモラスに続いて行くのだが、そのセリフ量はかなり多い。しかも早口…。さらに哲学的。観客が意味を追える限界の速度に挑戦しているのか、そんな意図を感じてしまうほどギリギリのラインを攻められている印象。観ている方も高速で回転する回旋塔から振り落とされないように、必死に食らいつく。とはいえ、強いられてる感じはなく、一緒に高みを目指すような一体感。

 しかし、時間の経過とともに、ユーモラスだった「その部屋」の奇妙さが際立ってくる…。突然鳴り出す電話。不自然に置かれたリオの住所録(のようなもの)。さらにそこ掲載された3人の名前。冷蔵庫から塩を取り出し、盛り塩として部屋の四隅に置き始める社長。3人が次々に告白する過去に犯した小さな罪の話。突如動かなくなる警部。もしや「その部屋」は…?ここに集まっている3人はすでに…?緊迫感と胸のざわめきがが一気に高まる。

 すると、どこからともなく足音が聞こえてくる。その音がどんどん近くなり、MAXになったところで、3人が入って来たどこ出入口でもなく、なんと床の一部が開き、床下から掃除婦の恰好をした東北なまりの一人のおばちゃん(朝海ひかるさん)が現れる。その女性はどこからどう見ても掃除婦なのだが、どこか達観した態度と中盤以降3人のもとに生じた「その部屋」に対する疑念から、彼女は人間ではない何か…?神…?と思い始める3人(と観客)。彼女に取り入ろうと、率先して掃除の手伝いを始める3人。観ている側としても、これは夢なの?現実なの?それとも異次元…?どこで罠にはめられてしまったの…?舞台上の3人と同じように狼狽する。

 やがて朝が来て、大気汚染警報が解除されたことを知らせるベルが鳴る。掃除婦は、仕事を終え作業着を着替えるために洗面所へ。着替えを終えて出てくると、純白のコートをまとった東北なまりの絶世の美女の姿。そして、何事もなかったように床下に消えていった。3人はその様子にあっけにとられつつも、ふと我に返ったかのように正気を取り戻し、それぞれが入って来た出入口から出て行った。

 ということは、やはりこれは誰かの夢なのか?と思っていた矢先、また足音が聞こえ、「その部屋」に戻ってくる3人。3人ともやっぱり最初と同じ出入口からやってきた…。だけど、3人の名前が入れ替わっている。え?何?何?またしても混乱するワタクシの頭。え?この部屋はいったい何?何なの?すると、「その部屋」の天井が白く光り、美女が歌っていると思われる(姿は見えない)「アヴェ・マリア」が美しく響く。部屋の中央で寄り添い、手を取り合って天井を見上げる3人の男。そこで暗転する舞台。終演だ…。

 え~っ!!何?何?この部屋はいったい何?ワタクシは内容を理解しているつもりでいたけど、どこかで振り落とされしまったの?その部屋に完全に惑わされ、すっかり迷子になっているワタクシ。その「してやられた感」と4人の熟練した役者さんの素晴らしい演技に魅了され高揚しているワタクシは、舞台の4人に向かって盛大な拍手を送った。

 4人の役者さんの本気のガチンコ対決が本当に素晴らしい。普通、これほど膨大で早口のセリフが続いたら、多少聞き取れないところがあったり集中力が途切れてしまいそうなものだが、余すところなく観客の耳に届いたのは間違いなく4人の役者さんの熟練のおかげだと思う。本当に聞き取りやすかったし、130分という上演時間も本当にあっという間だった。

 ワタクシには「その部屋」の正体は謎のままで、その世界観にとりつかれたままだ。真相究明のためにもぜひまた観たい。